暴力を振るう利用者さえ容認するのが介護なのか

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さて今回は、どの都道府県でもどの事業所でも
一度は目にする耳にする
最低一人はいるであろう
『暴力を振るう利用者』についての考察です。

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◆暴力行為のある利用者の対応

現在、介護業界では
暴力を振るう利用者にも理由があって
認知症とか様々な病気が一因となっているのだから

「もっと寄り添う介護をしましょう」

「暴力を振るってしまう利用者の気持ちをもっと考えて」

「暴力を振るってしまう本人もつらいんです」

などという神様か女神様か
仏様か菩薩様のような対応を教えています。

「利用者も同じ人間で人権やその人なりの歴史があるように、我々介護職も人間であり人権があり家族があり感情があるのです」

暴力の度合いにもよりますが、
介護職や他利用者が負傷するくらいの暴力を振るう利用者は受け入れする必要はないのではないでしょうか。

その判断は現在は事業所の判断となってしまいますが、
国や行政のレベルで受け入れ不可の要件を出し
法律的に公な保障として介護職員を守るべきだと思います。

我々介護職員は
・ガンジー
・人間サンドバッグ

ではありません。

いくら利用者が病気だとはいえ
ただただ耐える事が業務だとすれば
それは業務ではなく拷問であり
国家が保障する生命・安全を害し
憲法25条が保障する
『文化的で最低限度の生活を営む権利』に違憲しています。

◆暴力が認められる職業

国内で暴力を振るう相手に対応する職業は
・警察
・自衛隊
・ボクシング
・プロレス
・格闘技

の類ではないでしょうか。

それらの職業は
「一定の国家権力が与えられていて国家的、金銭的な保障がある職業」
若しくは
「ドリームと希望に満ちた職業」
と言えます。

◆ただただ割に合わない

介護職員は
「何の権利も権力も保証も夢も希望も与えられず」
謂れなき暴力に耐え万が一怪我をしてしまっても
時として労働災害さえ認められないこともあります。

こんな最底辺で人権を無視された職業が他にあるでしょうか?

ある意味専門職として特殊な仕事だと言えますが、
だとするならば何らかの保障や夢か希望があって然るべきです。

『奉仕の心』『慈悲の心』はわかりますが、
その最前線にいる僧侶や坊さんなどの
宗教に携わる人たちでも税金免除の恩恵を受けていますし
金権活動に励む人たちも多くいます。

『夢や希望や目標は自分で見つけるもので一生懸命頑張ってやっていればお金で買えない素晴らしい財産を必ず得ることができるでしょう』
と説く人がいます。

私の夢や希望や目標は
「そんな歯が浮くようなくだらない戯言を平気で言う介護業界を変えることです」

現状では、ただただ「割に合わない」職業だと言えます。

◆財産とは

『財産』という言葉が出てきましたので私が思う財産について僭越ながら説かせて頂きます。
財産には3つあると思っています。

①蔵の財産(お金)
②身の財産(身体の健康)
③心の財産(精神の安定)

この三拍子揃ってこそ
本来の幸せであり財産だと思います。

介護職員を頑張って長年続けると
①貯蓄も貯まらず日々の生活に苦しみ退職金も雀の涙ほどで老後の不安が募ります。
②腰や身体を痛め職業病たる後遺症が残ります。
③時として精神を病み、鬱病になる人が出てきます。

あれ…
3つの財産どころか1つも得られませんでした(当社比)。

こんな現状なので
「利用者や同僚や他者に迷惑を掛けない範囲で頑張れば良いかな」
と思っています。

◆まとめ

話を戻しますが、以上の理由により
『暴力を振るう利用者は受け入れする必要はない』
ということです。

それでは
「認知症や病気のせいでどうしようもなく仕方なく暴力を振るってしまう利用者の行き場も人権も無いではないか」
という意見もあるかと思います。

大丈夫です。
・介護施設なら国や行政の正式な許可の下、身体拘束をする
・精神病院の鉄格子の中

でみることが出来ます。

『それはあまりにも一方的ではないか・・・』
と思うかもしれませんが、
今まで一方的にやられていたのは
介護職員なのです。

常に自分ならどうか?
自分が同じ立場ならどうか?
ということを考えて介護をしています。

自分がどうしようもなく暴力を振るう人間になってしまった場合、
他人や第三者や大切な人にまでそうしてしまう場合、
身体拘束をされたり鉄格子の中に入れられても文句を言うつもりはありませんし
そうして頂きたいと切に願います。

皆さんは自分がそうなってしまった場合、それでも自分の都合と幸せを優先しますか?

利用者へ適切で適正な介護が実施できるのは紛れもなく介護職員がいるからです。

利用者の尊い人権と生命ばかりが叫ばれ
その声の大きさと頻繁さに
サブリミナル効果のように
脳内に染みついてしまっているかもしれませんが、

介護職員の人権と生命と安全について
もっと突き詰めて考え発信していける業界人が
増えることを切望しております。

『特別』を求めているわけではなく『普通』を求めているのです。