意見の衝突や軋轢を恐れる理由は?

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生きていく上で、
人間関係はとても大きな問題だ。
特に職場での人間関係は
出来るだけ衝突や軋轢を避けたいのが人の心理だ。

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◆衝突や軋轢を恐れていては文化的・建設的ではない

衝突や軋轢を避けるのは
人に嫌われたくないという心理が働くからだ。
しかし、言いたいことも言えず
思っていることも伝えられず
自分を抑制しつづけるのもストレスが溜まる。
『いい人』って思われたいのかもしれないが、
結局は『どうでもいい人』になっていますのがオチだ。
そもそも自分の意見や心情を抑圧し
我慢に我慢を重ねるなんて
文化的・建設的とは言えない。
日本国憲法でも
『国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利』
が保障されているのだ。
しかしやはり
意見が衝突すると新たなストレスが発生してしまう。
そうなってくると面倒くさいので、
『もういっか』
という心理になってしまうのだ。

◆何が面倒くさいのか?

衝突や軋轢の何が面倒くさいのだろうか。
突き詰めて考えていくと、
『その状態が続くこと』
が大変面倒くさいということがわかる。
その一瞬や一時で終わるなら
何も恐れることはないのだが、
その険悪でモヤモヤした状態が
『継続』するのだ。
なるほど。
確かに継続すると面倒くさい。
十人十色で色々な意見を持っている人がいて
色々な認識があるので、
時間を掛けても解決しない場合だってある。
そういう状況をいくつも作り上げてしまうと
確かに面倒くさい。
だから自分を抑圧して
当たり障りなく生きようという考え方も
よくよく理解できる。
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◆心が狭い人は反対意見を『敵対』と感じる

自分と違う意見の人がいて当然なのだが、
人間力が低い人は反対意見を言われると
・敵対している
・攻撃されている

と認識する。
それによって自己防衛反応が強く出て
衝突に衝突を重ねるビッグバンが発生する。
そうなると人間関係もこじれてくるので
どちらにしても面倒くさい。
先程から『面倒くさい』というワードを連発しているが、
面倒くさい人がいるから面倒くさいのだ。
そうなると『面倒くさい人』の一人勝ち状態だ。
社会的常識を持った人や普通の人は
そういう面倒くさい人を避けて通るしかない。
最近ではインターネット上でも
SNSやTwitter等でもそういった人間関係が展開されている。
娯楽や暇つぶしの為のインターネットサービスで
心や精神をすり減らしていては本末転倒だ。
顔が見えない分、
発言も過激になりがちで
衝突や軋轢も生じたりするが
現実世界と同じで冷静に対応する必要がある。

◆面倒くさい人への対処法

・自分も面倒くさい人になる
・「貴重なご意見ありがとうございました」と言って終結

このどちらかしかないだろう。
日本国憲法は自分の権利も保障してくれているが、
面倒くさい人の権利も保障しているのだ。
引き下がるという点で
『負け』のように感じるかもしれないが、
一旦は言うべきことは言うべきだと思う。
その上で判断しても遅くはないだろう。
どの場面でも言えるのだが、最終的に
『自分を守る』
ということに専念するべきだ。
だから、まずは自分の意見を言う。
建設的な話が出来るならそれはそれでありがたい。
どう考えても面倒くさい相手だと感じたら
『逃げるが勝ち』だ。
決して深追いしてはいけない。
それは負けたのではなくテクニックだ。

◆まとめ

・人との意見の衝突や軋轢を恐れてはいけない
・文化的で建設的な対話は必要
・色んな人がいるので危険を感じたら逃げるテクニックを身につける
・最終的には『自分を守ること』
・自分が面倒くさい人になってみるのも可


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