【介護職員処遇改善】「お金」が出せないなら「気持ち」は出せるのか?

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介護業界は、
『2025年問題』や『超高齢社会』に向けて、
今後益々、発展し成長し繁栄し介護職員を確保していかねばなりません。
2025年問題については
介護職員が2025年に向けて未だ37.7万人も不足している理由とは?
の記事をご参照下さい。

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◆お金が全てではない

介護業界に従事する介護職員をはじめとしたそれぞれの専門職の収入はまだまだ少ないと言えます。
介護職員においては、
年収400万円あれば御の字で、
他業界や産業の働き盛りの年代の人の平均年収よりも
『200万円少ない』のです。
生涯所得で言えば、
1億円にも迫る開きがあります。
介護職員は夜勤業務を月に平均5回こなしてこの収入なのです。
夜勤をすれば『手当』がつきますが、
手当がついても他産業の平均には遠く及びません。
ですから、無理を言っているわけではなく、
『正当な収入を確保したい』
という現場からの声は続いています。
そういった中でも、まだまだ
・福祉や介護はお金じゃない
・お金が全てじゃない
・収入金額をわかった上で就職したんでしょ

という声もあります。
福祉論や奉仕論を語り、
『お金じゃない』
という高尚な気持ちはわかりますが、
従業員にも生活があります。
ボランティア精神や奉仕論から脱却し、
ひとつの『専門的な仕事・職業』として認められるべきだと思います。
そして、専門的な職業として認められるならば、
『専門性や業務に見合った対価』
を訴えるのはごく当たり前のことだと思うのです。
要は、業務負担に収入という対価が
・見合っていない
・割に合わない

と言えます。
『お金が全てではない』
という意見は一理あります。
色々勉強になることもありますし、
「お金さえ貰えれば何でもする」
というわけでもありません。
ただただ『割に合わない』のです。
『収入をわかった上で就職したんでしょ』
ということは間違いありません。
しかし、業界や現場がこんなにも
・劣悪
・修羅場
・押し付け合い
・業務負担過多
・自己犠牲の巣窟

だということは知りませんでした。
いや、ある程度は事前情報で知ってはいましたが、
『想像を絶する』
という言葉がシックリきます。
そういう環境に飛び込んでみると、
「やはり収入が割に合わない」
と感じるのです。
「そう思うのなら辞めれば?」
という声も聞きます。
それを言ってしまうのは
『思考停止状態』
ではないでしょうか。
詳しくは、
エネルギッシュな若い人材が欲しいけどまだ来ちゃイケナイ
すぐに介護の仕事を辞めていく人は「実は賢い」理由は?
の記事をご参照下さい。
つまり、
『お金が全てではないが、割に合わない』
ということを訴えているのです。
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◆お金は出せないなら気持ちは出せるのか

収入の改善や増加を訴えても、
・今までの悪しき慣習の問題
・財源の問題

などがあり、なかなか前へ進みません。
百歩譲って、収入は現状のままで良いので
・割に合った業務に見直す
・人員の確保をして業務負担を減らす
・お金以外の付加価値(環境や福利厚生や気持ちなど)

は提供して頂けるのでしょうか。
・環境や人間関係は劣悪
・人員確保もままならず
・業務負担は日々増加
・休憩や有給も取得しづらく
・従業員への思いやりのカケラも無い
・排他的で隠蔽体質な事業所と業界

それが現在の介護業界ではないでしょうか。
収入面も改善できない上に、
それらも改善できないのは、
『ただの怠慢』と言えます。
利用者の幸せを追求していくのは良いですが、
『不幸せな職員が利用者の幸せを追求する構図に無理がある』と言っているのです。
【参考記事】
職員が幸せになれば利用者も幸せになる理論
「お金が全てではない」
と言いますが、
修羅場で汗水流している職員に
缶コーヒー1本でも差し入れにくる上司はいるでしょうか。
缶コーヒーが欲しいわけではありません。
『気持ち』が欲しいのです。
お金が全てではないのだとしたら、
業界や事業所や上司は最低限、
そういう気持ちを顕す必要があるのではないでしょうか。

◆勤続10年以上の介護福祉士に月8万円

「勤続10年以上の」介護福祉士に月8万円支給しても改善にはならない
という記事を書きました。
この記事は大変反響があり、
現在でも多数のアクセスがあります。
Google等の検索エンジンでも
『介護福祉士 月8万円』
『勤続10年 月8万円』
『介護士 10年』

などのワードで検索すると上位表示されます。
そして共感して頂ける介護職員や世間の人も多数いて下さります。
「お金を出す」と言っているのですから喜ぶべきなのでしょうか。
恐らくこの処遇改善の中身は最終的に
『事業所の裁量や判断に任せる形』
になると思います。
10年未満の職員にも行き渡るかのような期待を持たせていますが、
以前の記事にも書いたように
『事業所の裁量や判断に任せてもロクなことがない』
という介護業界の現状を理解している人がどれほどいることでしょうか。
ここで問題なのは、
・どの事業所の介護職員にも平等に行き渡らないと意味が無い
・事業所ごとに分配が違っていたら不平等
・分配してくれる事業所に転職したら1年生に逆戻り
・1年生には分配は期待できない

という『矛盾』が発生してしまいます。
そこまで『突き詰めて』考えている人がいるでしょうか。
現場の介護職員は直感的に感じ危機感を抱いている人が多いように思います。
賛成している人達は、
この『直感』を感じない環境や立場の人でしょう。
「お金も出せないし気持ちも出せない」
「むしろキミたちがもっと気持ちを持って働くべきだろう」

などということを恥ずかし気もなく言う人達の巣窟が介護業界です。
・本当の問題
・テコ入れすべき労働環境
・改善すべき処遇

というのは『そこ』にあるのです。


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コメント

  1. めど立てたい人 より:

    この記事の対象となる人たちがなぜか嫌う表現に、労働者や業務(上司命令)などがありませんか?
    何度か答えが決まっている質問をされたとき、本音が少し漏れて、上記の言葉や皮肉っぽい返答をしてきました。
    ことごとく、不快感を示す言葉を吐いていきますね。そのくせ、差し入れ?を押しつけていきますね。
    いやいや、それ利用者は使え(わ)ねぇし、食わ(え)ねぇし。労働者としてもいらないし。そして、後片付け/事後処理はこっち?!…愚痴です。
     
    就業規則に他の労働すんな!と違法性の高いことを書く時点で、労働者と認識してるはずなんです。しかもそれを承認した実権もちなのに当人は嫌なようで。

  2. アングラー より:

    まぁ偉い人達が現実見えてないから。これからは脱施設で住み慣れた家で暮らしながらになる→訪問介護の移動時間無給問題(この待遇で今後ほんとに発展するの?)。
    寄り添うケア自体は結構だけど外国と日本では尊厳の捉え方自体違うのに(食べない人ならそれを本人の意思として無理に食べて貰うことはしないけど、日本ではそういう人でも食べて貰おうとする等)今の業務量+寄り添う事を求める(ちょっと待って禁止。寄り添いましょう)。研修内容が現場の実態を反映しておらず、実行してる介護福祉士会自体が参加者の職場の状況すら把握せずに画一的な自施設実習のプログラムを押し付ける(うちは早帰りのパートさんでまわってる状態で一週目の時間外での勉強会、毎週木曜か金曜のカンファレンスなんてとてもじゃないけどやってられない!)
    現場離れて施設長クラスの人が研修で講釈垂れて、頭で考えない純粋真っ直ぐ君が自分の職場に持ち込んで大混乱。まじめな人は更に負担抱えて燃え尽きるか、周りを巻き込む。介護職員の敵は介護職員じゃないかと最近実感もって思います。

  3. 山嵐 より:

    >めど立てたい人さん
    おはようございます。
    お金は財源の問題があるとして、気持ちは何の問題で出せないんでしょうね。

  4. 山嵐 より:

    >アングラーさん
    おはようございます。
    利用者の対応や接し方、寄り添い方、心意気は共通の理想論やプログラムがあるのに、それを実践する職員の待遇に不平等があっては本末転倒ですよね。
    「介護職員の敵は介護職員」
    なるほど、目から鱗です。