「地裁が泣いた」京都の介護殺人事件の結末は?

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2006年に起こった在宅介護の殺人事件の話です。
有名なニュースなので知っている人も多いかと思います。
京都で起こった悲しい事件です。

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◆事件の概要

一家は両親と息子の3人家族だった。1995年、父親が病死後、母親が認知症を発症。症状は徐々に進み、10年後には週の3~4日は夜間に寝付かなくなり、徘徊して警察に保護されるようにもなった。長男はどうにか続けていた仕事も休職して介護にあたり、収入が無くなったことから生活保護を申請したが、「休職」を理由に認められなかった。

母親の症状がさらに進み、止む無く退職。再度の生活保護の相談も失業保険を理由に受け入れられなかった。母親の介護サービスの利用料や生活費も切り詰めたが、カードローンを利用してもアパートの家賃などが払えなくなった。長男は母親との心中を考えるようになる。

そして2006年真冬のその日、手元のわずかな小銭を使ってコンビニでいつものパンとジュースを購入。母親との最後の食事を済ませ、思い出のある場所を見せておこうと母親の車椅子を押しながら河原町界隈を歩く。やがて死に場所を探して河川敷へと向かった。

「もう生きられへんのやで。ここで終わりや」という息子の力ない声に、母親は「そうか、あかんのか」とつぶやく。そして「一緒やで。お前と一緒や」と言うと、傍ですすり泣く息子にさらに続けて語った。「こっちに来い。お前はわしの子や。わしがやったる」。

その言葉で心を決めた長男は、母親の首を絞めるなどで殺害。自分も包丁で自らを切りつけて、さらに近くの木で首を吊ろうと、巻きつけたロープがほどけてしまったところで意識を失った。それから約2時間後の午前8時ごろ、通行人が2人を発見し、長男だけが命を取り留めた。

京都地裁は2006年7月、長男に懲役2年6月、執行猶予3年(求刑は懲役3年)を言い渡した。

裁判では検察官が、長男が献身的な介護を続けながら、金銭的に追い詰められていった過程を述べた。殺害時の2人のやりとりや、「母の命を奪ったが、もう一度母の子に生まれたい」という供述も紹介すると、目を赤くした裁判官が言葉を詰まらせ、刑務官も涙をこらえるようにまばたきするなど、法廷は静まり返った。

判決を言い渡した後、裁判官は「裁かれているのは被告だけではない。介護制度や生活保護のあり方も問われている」と長男に同情した。そして「お母さんのためにも、幸せに生きていくように努力してください」との言葉には、長男が「ありがとうございます」と応え、涙をぬぐった。

引用元:デイリー新潮

2006年2月1日、京都市伏見区の桂川の遊歩道で、区内の無職の長男(事件当時54歳)が、認知症の母親(86歳)の首を絞めて殺害、自身も死のうとしたが未遂に終わった「京都・伏見認知症母殺害心中未遂事件」をご存じだろうか。…

『認知症の母親の介護に疲れてしまった』
という理由だけでなく
『介護をすることによって働くことが出来ず生活が出来なくなってしまった』
という在宅介護の闇がここにあります。

こういった問題を防ぐために
『介護離職を防ぐ』
という政策が打ち出され
仕事と介護の両立が出来る取り組みが推進されています。

【参考記事】

『介護離職を防ぐ』政策は介護職員の為のものでは無かった

2006年の事件ですから、
今から約11年前の出来事です。

11年前は私はまだ介護業界に足を踏み入れていませんでした。
そして恥ずかしながら介護業界に就職するまでこの事件のことを知りませんでした。
自分の親を殺さざるを得ないという世間の在宅介護の現実を痛感し衝撃を受けたニュースでした。

殺人事件にも関わらず、
『執行猶予』がついた判決は
『情状酌量の余地あり』という判断だと思います。

◆情状酌量された息子のその後

同じ記事に約10年後の息子の結末も書いてありました。

それから約10年後の2015年。毎日新聞大阪社会部の記者が、介護殺人に関するシリーズ記事の一環としてこの長男への取材を試みた。しかし弁護にあたった弁護士も行方を知らず、数少ない親族を探し出して訪ねると、彼はすでに亡き人になっていた。

事件の後の足跡について親族は口が重く、なぜ亡くなったのかも不明のまま。行き詰った末に探し当てた長男の知人という人に彼の死を告げると、絶句して、判決後に長男が落ち着いた先の住所を告げた。

やがて判明した死因は自殺だった。

琵琶湖大橋から身を投げたという。所持金は数百円。「一緒に焼いて欲しい」というメモを添えた母親と自分のへその緒が、身につけていた小さなポーチから見つかった。地獄を味わった彼の言葉やその後の人生が、在宅介護に限界を感じ、絶望している人への何らかの助けになるのではないか。そう考えて必死に動いた記者を待っていた、悲しすぎる結末だった。

引用元:デイリー新潮

2006年2月1日、京都市伏見区の桂川の遊歩道で、区内の無職の長男(事件当時54歳)が、認知症の母親(86歳)の首を絞めて殺害、自身も死のうとしたが未遂に終わった「京都・伏見認知症母殺害心中未遂事件」をご存じだろうか。…

悲しいことに自殺で亡くなられていました。
母親と自分の『へその緒』を持って…。

裁判官に
「お母さんのためにも、幸せに生きていくように努力してください」
と言われた言葉は届かなかったのでしょうか。

いやそんなはずはありません。
きっと届いていたのでしょうが、
自分と母親との絆が強かったからこそ
人間だからこそ

耐えきれなかったものがあるのではないでしょうか。

法治国家ですから法に裁かれますが、
人間として自分を裁いてしまったのだと思います。

『介護』とはそれほど熾烈を極めるものなのです。

私のブログは主に施設介護について書いていますが、
形はどうであれ『介護というものの闇』を垣間見ることが出来ます。

在宅介護を必死でされている家族、
施設で必死に利用者を介護している職員。

今後、益々介護が必要な人が増えます。
そうすると介護をする人がもっと必要になります。

介護業界が健全でより良くなっていくために、
必要な措置をもっともっと講じていく必要があるのです。

コメント

  1. デイちゃん より:

    BASARAという漫画の中で、主人公が理想の国の形について、「一番大切なことは、殺されない国であること」って言うんです。
    「何かの事情で生活が困窮したとしても、最低限の人間的な生活ができる。死ななくてもいい。」ということが大事なのではないかと、私は思うんですよね。
    で、そのために、福祉制度や、社会福祉援助技術というものが存在するのだと思います。
    介護保険制度や生活保護制度など福祉制度があっても、国民が理不尽に死んでいってるとしたら、その福祉制度は偽物でしょう。
    自分だけが豊かで、隣の人が貧困で餓死しているとしたら、それは国である意味はないでしょう。
    生活保護がもらえなくて、「おにぎりが食べたい」って書き残して死んだ人がいましたが、国民にそんな死に方をさせる日本って、一体何なの?って感じですよね。

  2. アングラー より:

    ほんとに必要な人に給付しない生活保護ってなんですかね?車手放すとか財産全て失ってから保護受けても生活の再建なんてその状態からは難しい。そうなる前に助けるべきなのに。
    この方は他者に介護してもらうのは恥と思うタイプでなくてお金の問題が大きいからそこがやるせない。かたや保護でパチに行ってる層には随分とお優しいから腹が立つ。この人は働く意思はあるけど困ってるのに…

  3. 山嵐 より:

    >デイちゃんさん
    日本は外国にお金を出すばかりではなく、自国民をもっと救えるような政策や保障を考えていって欲しいと思います。
    国民の安全と財産と生活を守るのが国の義務なのです。
    人間が人間を殺すということがあれば安全な国とは言えませんが、国に国民が殺されるということはあってはなりません。

  4. 山嵐 より:

    >アングラーさん
    おっしゃる通りですね。
    我々の血税が正しい使い方をされるよう心から願っております。
    そして、在宅介護や介護現場での貧窮し切羽詰まって悩み苦しむ人が減るように真剣な取り組みをお願いしたいところです。

  5. めど立てたい人 より:

    一説によると、事はそう美談ではないようですよ。
    一重に社会の縮図ともまたは、社会の被害者とでも言えるようです。ブログの主旨からズレますが、「年齢を理由にした再就職の難しさ」と言うおかしいのにまかり通る考えでなかなか仕事も続かなかったり、就けなかったらしいです。会社都合などなどと聞いたことがあります。

  6. 山嵐 より:

    >めど立てたい人さん
    コメントありがとうございます^^
    国は国民を守れるのでしょうかね。