敗戦と繁栄で失ったモノと残ったモノ

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1945年に日本は終戦を迎えた。
戦後の日本は、『植民地』を失った。
国民の中には、
・仕事
・住居
・希望

を失った人達も多くいただろう。
正に『国難』である。

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◆今は戦時中なのかもしれない

国難と言えば、
先の解散総選挙において安倍晋三首相も、
解散のことを「国難突破解散」と呼んだ。
他にも『一億総活躍社会』という言葉を聞くが、
戦時中は『一億火の玉』という言葉が使われていた。
「日本国民一億人が全員活躍しろ」
という意味では両者に大差はない。
最近の政府の言葉のチョイスは
「戦時中を彷彿とさせる」
と思っていた。
北朝鮮からのミサイル発射や
米朝開戦などと騒がれていたが、
そういう物理的、肉体的な戦争ではなく、
「日本国内は既に精神的な戦時中にある」
のかもしれない。
衣食住は満たされており、
情報も氾濫しているが、
日本人の心は戦時中よりも貧しくなってしまった。
敵は職場にいたり、
家庭内にいたり、
ネット上であったり、
社会そのものであったり、
自分自身ではないだろうか。
高尚な精神論を語るつもりはない。
誰もが自分を守ることに精一杯なのだ。
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◆敗戦後のネガティブ思考

何もかも失った国民は
・悲観思想(ペシミズム)
・否定思想(ネガティヴィズム)

に支配された。
戦後復興のために政府が
「所得倍増計画」
を打ち出しても国民の悲観思想・否定思想は止まらず
「ただのリップサービス」
「幻想的政策」

と受け止められていた。
その状況が、現在の
『介護職員処遇改善』
の方針にとてもよく似ていて我ながら感心してしまった。
その後の日本は、
ある程度『高度成長』したが、
・ドルショック
・オイルショック

により『成長限界論』が横行した。
その時の国民感情は
『超悲観思想』
という状況にあった。
「日本沈没」とまで言われていた。
その後、バブル経済を迎え息を吹き返したが、再び
・バブル崩壊
・円高

という窮地に立たされた。
そういう戦後の流れの中で、
現在に至るまで日本に根強く残ったのが
・悲観思想
・否定思想

なのである。

◆今後の展開

ネガティブなものを
わざわざポジティブに見せなくたって良いのではないか。
今は昔と違って
表現の自由も保障されている。
問題は、
『国難が何なのかを見極め適切に対応していく』
ということだろう。
どうであれ歴史は繰り返されるのだ。


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コメント

  1. primex64 より:

    そこまで仰らずとも、局所的に不幸せで不道徳な事柄はあって、皆、それを分かって生きているのではないでしょうか。かくいう私もその一人かと思料します。物事は片面的に見ると限りなくペシミスティックに感じられます。反対側には良いこともまた存在するはずで、運気も同様サイクリックにフラクチュエートします。決して悲観、諦念、自棄せず、日常と向き合って過ごしてまいりましょう。

  2. 山嵐 より:

    >primex64さん
    こんばんは~
    コメントありがとうございます^^
    決して悲観しているわけではないのですが、『負け犬根性』ではなく『ハングリー精神』と言ったところでしょうか。

  3. 現役保険営業マン より:

    植民地…というのはどうかと思いますよ。日本が朝鮮半島と台湾を「統治」していたのは事実ですが。
    満州は日露戦争の結果切り取った権益ですし、その権益を巡ってアメリカと対立して戦争に突入してしまったことは、外交上の失敗だったとしか言いようがありません。
    日米の関係が悪化しつつある中、日本の立場をかなり認めたうえで、満州を国際共同管理下に置く、という妥協案がイギリスから(と記憶しています)示されていたのですが、当時の日本は政財界の腐敗から政党政治に対する信頼が全くなかったため、世論を気にするあまりこれを拒否してしまったんですよね。
    結果論ですが、現実的といえる妥協案に応じていれば、日米開戦は回避できた可能性が高いと思います。
    なにせ日米戦は「数理上勝てない。外交がある」(海軍・井上成美)「どうやっても勝てない」(対米戦の研究を行った軍上層部の結論)というものでしたから。
    介護業界の改革を成し遂げるには、現実的な政策をしっかりと打ち出して、実行していくしか道はないと思います。

  4. 山嵐 より:

    >現役保険営業マンさん
    こんにちは~
    コメントありがとうございます^^
    そうですね、うっかり「植民地」という言葉を使ってしまいましたが、私も旧日本軍が侵略や恐怖支配を行ったとは思っていません。
    日中戦争で日独伊三国軍事同盟を締結しイギリスとそれを支援するアメリカとの対立を深めてしまったという外交の失敗もあるでしょうね。
    その後、日本はアメリカに喉元に刃をつきつけられて「経済制裁」を受けた上、様々な条件を突き付けられました。
    どちらも飲めない日本はやむを得ずアメリカとの戦争(太平洋戦争)に突入することになります。
    勝てないとわかった上で始めてしまった戦争です。
    それでも焼野原となりながら、ここまで復興しました。
    歴史は繰り返されるのかもしれません。