「徘徊」使いません 見直しを推進する偽善者の「言葉狩り」

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以前『介護業界に蔓延しはじめた言葉狩りは職責の放棄だ』という記事で書きましたが、介護業界ではどんどん「言葉狩りの魔の手」が侵食してきています。

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◆「徘徊」という言葉を見直し今後は使わない方針

「徘徊」使いません 当事者の声踏まえ、見直しの動き
認知症の人が一人で外出したり、道に迷ったりすることを「徘徊(はいかい)」と呼んできた。だが認知症の本人からその呼び方をやめてほしいという声があがり、自治体などで「徘徊」を使わない動きが広がっている。
「目的もなく、うろうろと歩きまわること」(大辞林)、「どこともなく歩きまわること」(広辞苑)。辞書に載る「徘徊」の一般的な説明だ。
 東京都町田市で活動する「認知症とともに歩む人・本人会議」メンバーで認知症の初期と診断されている生川(いくかわ)幹雄さん(68)は「徘徊と呼ばれるのは受け入れられない」と話す。散歩中に自分がどこにいるのか分からなくなった経験があるが、「私は散歩という目的があって出かけた。道がわからず怖かったが、家に帰らなければと意識していた。徘徊ではないと思う」。
 認知症の本人が政策提言などに取り組む「日本認知症本人ワーキンググループ」は、2016年に公表した「本人からの提案」で、「私たちは、自分なりの理由や目的があって外に出かける」「外出を過剰に危険視して監視や制止をしないで」などと訴えた。
代表理事の藤田和子さん(56)=鳥取市=は「『徘徊』という言葉で行動を表現する限り、認知症の人は困った人たちという深層心理から抜け出せず、本人の視点や尊厳を大切にする社会にたどり着けない。安心して外出が楽しめることを『当たり前』と考え、必要なことを本人と一緒に考えてほしい」と話す。
 こうした意見を受け、一部自治体が見直しに動く。福岡県大牟田市は、認知症の人の事故や行方不明を防ぐ訓練の名称から「徘徊」を外し、15年から「認知症SOSネットワーク模擬訓練」として実施する。スローガンも「安心して徘徊できるまち」から「安心して外出できるまち」に変え、状況に応じ「道に迷っている」などと言い換えている。認知症の本人の声を尊重したという。
 兵庫県は、16年に作成した見守り・SOSネットワーク構築の「手引き」で、「徘徊」を使わないと明記、県内市町にも研修などで呼びかける。名古屋市の瑞穂区東部・西部いきいき支援センターは、14年に作成した啓発冊子のタイトルを「認知症『ひとり歩き』さぽーとBOOK」とした。「いいあるき」という新語を使うのは東京都国立市。「迷ってもいい、安心できる心地よい歩き」という意味を込め、16年から始めた模擬訓練で用いている。
 厚生労働省は、使用制限などの明確な取り決めはないものの、「『徘徊』と言われている認知症の人の行動については、無目的に歩いているわけではないと理解している。当事者の意見をふまえ、新たな文書や行政説明などでは使わないようにしている」(認知症施策推進室)とする。
【引用元】朝日新聞デジタル 3/24(土) 21:39配信

言わんとしている事はある程度理解は出来るものの、「不毛な言葉狩り」は良くないと感じています。
言われた本人や家族の気持ちや人権ばかりを気にして「状態を的確に表す言葉」を無くすことは、言葉の損失だけでなく、ひいては日本文化の損失に繋がってしまうのではないでしょうか。

◆「徘徊」を今後はどう表すのか

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ニュース記事中に

散歩中に自分がどこにいるのか分からなくなった経験があるが、「私は散歩という目的があって出かけた。道がわからず怖かったが、家に帰らなければと意識していた。徘徊ではないと思う」。

ということが書いてあります。
私もそれは「徘徊ではない」と思います。
だって、目的があって出掛けたものの道に迷うことは、認知症の人だけでなく我々でもあることなのです。
それが老人だったからと言って安易に「徘徊」と言うのは確かにおかしいことです。
そういう状態を表す言葉は
・迷子
・道に迷った人

になるかと思います。
しかし、我々が本当の意味で使っている「徘徊」は
・架空の場所や人に会いに行く目的
・存在しない場所や人に会いに行く目的
・頭の中で時空を超えた場所に行く目的

などで自分の置かれている状況が理解できず歩き回る人のことを指します。
つまり、症状と行動を的確で端的に表した秀逸な言葉が「徘徊」と言えます。
しかし、それでも人権屋は言葉を狩ってきます。
「架空だったり時空を超えていても、本人がそう思っているのならそれは立派な目的だ、徘徊ではない」
と言うことでしょう。
では、その状態を今後何と呼ぶのかと言えば
・外出
・散歩
・お出掛け

に改めるというのです。
しかし、それでは普通の人の外出や散歩やお出掛けとの区別がつかず、状態を的確に表していないことになります。
リスク管理の面でも緊急性が薄れ、老人本人の生命の安全を阻害する要因にもなりかねません。
ですから、百歩譲ってそういう呼び方に変えるのだとすれば
「認知症の人の外出」
「認知症の人の散歩」
「認知症の人のお出掛け」

という呼び方にしなければ状態を的確に表しているとは言えません。
そうなると、常に「認知症の人の」という冠がつくことになり、「徘徊」と言われるよりも言葉も長いですし精神的な苦痛は大きいのではないでしょうか。
「こんにちは~、徘徊ですか?」
と声を掛けられるのと
「こんにちは~、認知症の人のお散歩ですか?」
と声を掛けられるのはどちらが苦痛でしょうか。
「甲乙つけがたし」
ということならば、わざわざ言葉狩りをせずとも
「徘徊は徘徊」
で良いと思うのです。
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◆過剰に危険視して監視されたくないと言うけれど

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過剰に危険視して監視する必要があるかないかは
「認知症の症状や状態による」
のではないかと思います。
「本人や家族が良ければそれで良い」
で終わってもらっては困るのです。
私の周りであったのですが、
「認知症の老人が夜中に道路の真ん中で寝ていた」
ということがありました。
その時は何事も無かったものの
・もし車が走ってきたら
・もしその車を自分が運転していたら

と想像するとゾッとしてしまいます。
「散歩中に道路で仮眠を取っていた老人を車で轢いてしまった」
という場合、どちらが悪くなるのでしょうか?
認知症老人の人権を過剰に意識する余り、我々の正常な活動に支障を来すことがあってはならないと思います。
言葉狩りやイメージだけを変えようとしても本質が変わらないことには結局は何も変わりません。
むしろ「意図していなかったことや想定外の事が発生する可能性」に目を向けることの方が重要だと思います。

◆まとめ

・言葉狩りは人権屋の偽善と言葉遊び
・言葉狩りは状態を的確に表す言葉の損失、ひいては日本文化の損失
・認知症老人の人権を意識しすぎることで、一般人の活動に支障が出ては本末転倒
・徘徊は徘徊


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コメント

  1. めど立てたい人 より:

    第一、なんたらの代表はそもそも「認知症」なんですかね?
    それなら話だけは聞いてやらんでもないけど・・・
    当事者とはいうけど、軽度者が不快に思おうと中度・重度認知症は構わないと思っていたら?
    そんな訳はありません。だって、意思表示もできない。いや、意思や自我を持ち得ないか存在しないからこその中重度認知症者なんだから…誰の発言か?
    ほんと記事の皮肉に同意せざるを得ないです。

  2. 山嵐 より:

    >めど立てたい人さん
    こんにちは~
    コメントありがとうございます^^
    言葉だけを変えても本質は変わりませんよね。
    そして何の疑いもなく臭いものには蓋をする人権屋に右ならえする世間や介護従事者も怖く感じてしまいますね。

  3. キャサリン より:

    そもそも廃止派は’徘徊’と言う言葉に過剰反応している様に見えます。以前わたしは恋人に振られた時に街中をひたすら徘徊していました。ですが散歩でもなく外出でもありません。今でも徘徊だと断言できますし他の表現が見当たりません。反対派は認知症を潜在的に恥じているからこそ、’徘徊’廃止論に繋がったのではないでしょうか。それであれば、尊厳うんぬんを語っていながら自らが尊重していないことを露呈させていると感じます。

  4. 現役保険営業マン より:

    こんばんは。
    徘徊という表現に問題がある、というのは何とも了見が狭いと思います。一部では「障害」を「障碍」に変えていますが、もう呆れてしまいます。
    そんなことに心血を注ぐくらいなら、認知症の人とその家族、介護職員の負担をいかに軽減するかに心血を注ぐべきです。

  5. primex64 より:

    徘徊で良いと思います。健常者も徘徊するんですよ。一般的な言葉です。
    英語では、wondering aroundです。うろつきまわること・・。散歩とは違いますよ、明らかに・・。

  6. 山嵐 より:

    >キャサリンさん
    こんにちは~
    コメントありがとうございます^^
    なるほど、尊厳を貶め認知症を恥じているのは「徘徊反対派」であって、認知症を卑下しているからこそ意識して言葉狩りをしてしまうという推測は真理ですね。

  7. 山嵐 より:

    >現役保険営業マンさん
    こんにちは~
    コメントありがとうございます^^
    おっしゃる通りですね、了見が狭く呆れてしまいますね。
    「徘徊は徘徊」だと思います。

  8. 山嵐 より:

    >primex64さん
    こんにちは~
    コメントありがとうございます^^
    そうですよね、安易な言葉狩りは心からやめて欲しいです。
    「徘徊」という言葉に代わる言葉を考えるとすれば「自分探し」とかにすれば良いと思います。