介護職員を追い詰める「プロ意識を持て」という強迫観念と介護業界の闇

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現状の介護業界にありがちな介護職員を追い詰める「強迫観念」があります。
その代表的なものは
「介護職員としてプロ意識を持て」
と言われることです。

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◆臭いものに蓋をする綺麗ごと

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どんな職業でも自分の仕事に対してプロ意識を持つことは大切です。
それは介護職員だって同じことが言えます。
ですから普通の職員は「プロ意識」を持って働いています。
その上で、行き詰ることや耐えがたいことがあったりすると、改善を求めたり乗り越えようとするのが本当のプロだと思います。
そうしたプロセスを抑えつけようとするのが「プロ意識を持て」という言葉なのです。
要は
「我慢しろ」
「文句を言うな」
「自己犠牲を払え」
「プロ意識だけを胸に抱いて生きていけ」

という綺麗ごとになります。
「根本的な事に目を向けず、臭いものには蓋をする思考停止を誘う悪魔の言葉」と言い換えることができます。

◆プロ意識だけではメシは食えない

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「お金をもらっているのだからプロだ」
と斬って捨てる人もいます。
しかしご承知の通り、介護職員の給料は地を這いつくばっています。
その給料を
「プロと呼べる水準まで上げて欲しい」
と訴えることは至極当然のことです。
「介護職員の収入が低いことを知った上でやっているんだろ」
「そんなに不満なら辞めればいい」

という声もあるでしょうが
・時代や社会情勢
・提供するサービス内容や質
・自分の能力や専門性

などで収入の増減が発生するのは自然の摂理と言えましょう。
もやしの価格は上がっても介護職員の給料は上がらないのか』の記事にも書きましたが、野菜の価格だって社会情勢によって上がるのですから
「常に人員不足の介護職員の給料を上げて欲しいという希望は自然の摂理に適っている」
と言えます。
財源等々の問題はありますが、希望を言うのは自由であって
「プロなんだからプロ意識を持って文句を言わずに働け」
と言える人は強迫観念の押し売りをする迷惑な存在なのです。
【参考記事】
介護業界は綺麗ごとを言う人が減れば必ず変わる
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◆人として扱っていますか?

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利用者は1人の人間です。
その利用者に乱暴な言葉を使ったり、人格を無視したような対応をすることは良くありません。
そしてそれ以前に
「介護職員も人間です」
介護職員だって乱暴な言葉を使われたり、人格を無視したような対応をされれば嫌になってしまいます。
ましてやそれを
「プロ意識で我慢しろ」
などと言われ逃げ道さえ奪われてしまうのです。
おかしな業界です。
不満があるから頑張れないのではありません。
今頑張っているから不満が出るのです。
もっと言えば、プロ意識がどうとか言っている人に限っては
「不満や文句が出ない人の方こそ頑張っていない証拠」
だと言っても過言ではありません。
利用者を人間として扱う以上、介護職員も人間として扱ってこそ、本当に健全な業界運営が可能となるのではないでしょうか。


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コメント

  1. アングラー より:

    本当にはげしく同意です!
    以前尊厳について偉い人に「介護職員の尊厳もまた守らないと、職員が潰れて結局利用者に迷惑かかるのでは?」と聞きました。その時「施設においては介護職員の尊厳の優先度は最も下。それを考えるのは管理者くらいで良い」との事でしたが、残念ながら管理者はその職務を放棄しているようです。叩かれ放題、人手不足のしわ寄せ。そんなのばかりです…

  2. 山嵐 より:

    >アングラーさん
    おはようございます。
    コメントありがとうございます^^
    介護業界は未だ士農工商やカースト制度などの差別的身分制度が存在する類まれなる業界と言えますね。
    そんな人たちが経営・運営する福祉って一体なんなんでしょうね。

  3. デイちゃん より:

    プロ意識と言うけど、仕事中、私はあまりプロを意識したことはないのですが。(笑)
    でも今デイにいる使徒を見てると、介護って専門性が高い仕事なんだな~って思いますね。
    介護や育児って、昔は女性が無償で担ってきたでしょう。だから、福祉に金を払うって意識が、国の偉い人にはないのかもしれませんね。
    せいぜい、お高い老人ホームに入るから金かかるよなあ、くらいのイメージしかないのかも。
    時給800円じゃ、時給800円な人しか来ませんよ。
    月給20万じゃ、月給20万な人しか来ませんよ。
    それに高い質とか求められてもねえ。無理ですよ。
    でも「今頑張ってるから不満が出る」のは確かにそうですね。
    介護職には、さぼりまくってる人もいますから。
    あんだけさぼってるんだからさ~、金もらえるだけありがたいと思えよ、という人もいました。首になりましたけど。
    そう考えると、介護職はまじめにがんばるのはやめて、適当に手を抜くのがいいのかなあ・・・。給料に見合った程度の労働量まで落とす。(笑)
    でもまじめな人って、手を抜くのはなんか人としてダメなんじゃないか?とか考えてしまって、できないんですよね・・・。
    結局まじめな人は、がんばれば肉体的にしんどい、がんばらないと精神的に苦痛、というジレンマに陥るのです。

  4. 山嵐 より:

    >デイちゃんさん
    こんばんは~
    コメントありがとうございます^^
    「配慮」とか「目配り気配り心配り」って意外と専門性が高いスキルだと思います。
    しかしまぁそうですね。
    対価に見合った労働で良いと思います。
    手を抜くのではなく、自分の業務範囲に線引きするという作業が必要だと思っています。

  5. とも より:

    こんにちは
    いつも興味深く読ませてもらっています。
    私の働く施設でも「プロ意識を持って」「誇りを持って」など言われます。
    が、プロ意識って何だろうと考えることも多々あります。プロ=自分の専門とする業を提供する代わりに対価をもらう、と考えています。ことあるごとに専門性専門性と耳にする介護業界、敢えて口にすることで自分でプライドを守ってるようにも感じちゃいます。
    なんて生意気なこと考えながら、今日も何でも屋さんとして奔走してきます笑

  6. 山嵐 より:

    >ともさん
    こんにちは~
    コメントありがとうございます^^
    私もそう思います。
    「プロとは自分が提供したサービスに見合った対価を得る人のこと」だと思います。
    「対価が低いからプロではない」とは言いませんが、「プロ意識だけではメシは食えませんよ」ということが言いたかったのです。
    今日も対価に見合った「何でも屋さん」頑張って下さい^^