「利用者と援助者は対等な立場での関係構築が必要」ということを履き違えてしまう3つの理由

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どこぞの研修か教科書で介護における対人援助法の基本として
「利用者と支援者は対等な立場での関係を構築していく必要がある」
と習いました。
しかし、ひとたび机の上から現場に戻ると「対等」どころか「奴隷か召使い」のような存在として働いているのが介護職員の現状です。
何故、「教科書」と「現場」の方向性が一致しないのでしょうか。

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◆理由①「介護職員の社会的地位が低い」

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そもそも「援助者」とは誰を指すのでしょうか。
・介護職員
・介護支援専門員(ケアマネジャー)
・看護師
・生活相談員
・管理栄養士
・各種リハビリ職
・医師
・ボランティア

等々
「利用者を支える全ての人」であると言えます。
「職業に貴賤はない」
などと言われますが、実際上記の職種(ボランティアは除きます)の中で
「介護職員が一番社会的身分が低い」
と感じる人が多いのではないでしょうか。
世間のイメージだけでなく、専門職同士でもそういう風潮があるのですから尚更です。
その「間違ったイメージや使われ方」が、利用者にも影響を与え「介護職員は召使いみたいなもの」と本気で思っている利用者も少なくありません。
医療職やリハビリ職やケアマネは何故か最初から「対等」若しくは「上位」の関係から始まります。
その理由はやはり「社会的地位」にあると言えるのではないでしょうか。
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◆理由②「「利用者本位」を履き違えている」

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介護の方針として「利用者本位」というものがあります。
・その人らしさ
・自分らしさ
・本人の言動やニーズに基づく

という方針です。
その本質を利用者や職員や事業所までもが履き違え
「利用者最優先」
「利用者の言いなり」
「職員は利用者より下の立場」

という方針になってしまっている事業所も多々あります。
事業所の方針が間違ってしまっていると、そこで働く職員も従わざるを得ません。
その方針は残念ながら、間違った環境で間違ったケアを提供しているということになります。

◆理由③「「お金を払っている」という権利者意識」

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確かに利用者は「介護サービス料」を支払っています。
「お金を払っているんだから言う通りにやれ」という権利者意識を振りかざす人もいます。
しかし
・支払っているサービス料の利用者負担は1割(又は2割)
・お金を払っているから何でもしてもらえると思うのは大間違い

なのです。
利用料の9割(又は8割)は「公費」と「40歳以上の人が支払っている介護保険料」なのです。
例えば我々だって
・ホテルや旅館
・病院等の医療機関
・ライブやコンサート

等でお金を支払うことがありますが、お金を払ったからと言って「何でもしてもらえる」とは思っていませんし、実際「何でもしてもらうことはまず不可能」です。
それと同じで「介護サービス料を支払っているのだから何でもしてもらえる」と思うのは過剰な権利者意識であり、大きな間違いなのです。

◆まとめ

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「対等」とは、立場や年齢や性別や価値観が違っていても、「お互いを一人の人間として認める」ということになります。
その上で、信頼関係を構築し、適切且つ必要なサービスを提供していくことが重要です。
たまに「対等」を履き違えて
・タメ語
・命令
・暴言に近い言葉遣い

をしている職員もいます。
タメ語に関しては、全てダメだとは思いませんが、命令や暴言は虐待に繋がりかねません。
どちらにしても、まずは利用者との人間関係の構築が先になります。
独り善がりの人間関係にならないよう「あくまでも援助者」であることを忘れずにケアに当たる必要があります。
「利用者はお客様で、お客様は神様だから職員の方が下」だとか「利用者は高齢者だったり認知症だから職員の方が上」ということは一切ありません。
同じ目線と対等な立場で関係を構築していき、利用者のニーズを達成していくために支援や援助をしていくのが介護職員としての専門性になります。
決して「奴隷や召使い」ではありません。
事業所の方針が残念な場合もありますが、事業所がブレているからと言って自分までブレる必要はないのです。
まずは、自分の立場をしっかりと認識した上で、利用者や家族、そして世間にも介護職員の立場を認識して貰う努力をしていく必要があります。

コメント

  1. めど立てたい人 より:

    店と客も対等であるように、会社と労働者も対等…のはず、なんですがね?
    「~が必要」と主張する/させるなら、第一に会社と労働者は対等と言う視点が欠けてますよね。最も他の業界や会社でも言われているけど。
    管理人さんも他の記事で主張していますが、利用者以前に労働者の扱いさえよくすれば大概の会社のやりたいことなんて勝手に?やるようになる…?。
    ちなみに、通ってるブラック企業は明言してます。そうではない、と。
    悪意をもって再現すれば、「利用者のために腰砕けようが、死のうがそれは本望だろう」みたいな。本当はもっとキラキラした嘘ですがね。
    「やらせてもらっている」って聞きませんか?
    通っている違法企業でよく聞くもので。
    仮に対等だとした場合、「利用者が自分1人でもできる」ことが前提のはずの言葉ですが、実際はできやしない。
    それこそ表現するなら「やってやる」のがより実情だし、それが福祉です。
    しかし、実情を知らない福祉専門の言葉狩りやキラキラの(福祉)業界人(笑)は徹底して嫌いますよね。
    正直、老人介護上の虐待は(自主規制)と思います。(建前ではいけないと言いますが)
    しかし、記事にもあるようにワガママな老人、ワガママな認知症老人が何だかんだで優先されますよね。
    (なぜか、キラキラや業界人(笑)はそいつらが好き)
    そして、一労働者や現場サイド?で適切な対応をしていると、「虐待!」と騒がれる。これだけは解せません。

  2. 山嵐 より:

    >めど立てたい人さん
    こんばんは~
    コメントありがとうございます^^
    もう綺麗ごとだけでやっていける商売ではないことを業界も事業所も認識して欲しいですね。
    私も言葉狩りばかりする業界人は好きではありません。
    ワガママや困難事例を受け入れることが「福祉」だと勘違いしている人が多いですが、「ふ」つうに「く」らせる「し」あわせを提供するのが福祉であり介護の本質だと思います。