「どうなりたいですか?」という質問が利用者を追い詰める時もある

Pocket

l_011.gif
対人援助における技法で
「オープン・クエッション」
「クローズド・クエッション」

という話法があります。
介護現場においては、直接的に利用者をケアする介護職員だけでなく、介護支援専門員(ケアマネジャー)や生活相談員等の全ての専門職が理解しておかなければならない対人援助法の基本です。

スポンサーリンク

◆「オープン・クエッション」と「クローズド・クエッション」とは?

publicdomainq-0009066vfu.jpg
オープン・クエッションはオープン質問とも言います。
これは利用者に自由に回答してもらえるような質問の仕方になります。
「〇〇について、どうお考えですか?」
などと質問をすると、利用者の自由な感想や思いが聞けますし、話題も広がります。
逆に、クローズド・クエッションはクローズ質問とも言います。
こちらは利用者から「はい」か「いいえ」や「わかりません」等の回答を簡潔に得る質問の仕方になります。
「〇〇の介護サービスを利用したいんですね?」
「自分ひとりでトイレに行けるようになりたいんですね?」

などと質問をすると、利用者は端的に「はい」か「いいえ」で答えることができます。
(スポンサーリンク)

◆どちらが良くてどちらが悪いというわけではない

ijime_girl.png
この両者を比べた場合に、「オープン質問」の方が
・自由度が高い
・有益
・開放感のある印象
・プロが選択すべき質問方法

だと思いがちです。
確かに「オープン・クエッション」は相手の意見を引き出す話法ですが、相手とマトモにコミュニケーションが取れていない序盤はまだまだお互いの信頼関係が構築されていません。
そんな段階で
「〇〇さんはどうなりたいのですか?」
などという質問をぶつけるのは、ただの援助者の質問の押し売りです。
そもそも「自分がどうなれば良いのかわからないから相談に来ている」という場合もあり得ます。
まずは信頼関係の構築が優先されるのですが、まずは「オープン質問とクローズ質問に優劣はない」ということを認識しておく必要があります。
クローズ質問は
・話題が広がらないからダメ
・自由な意見が聞けないからダメ

というわけではありません。
「自分の考えを上手く言葉にできない高齢者」
「元々、言葉数が少ない利用者」
「いきなり多くを語ることに抵抗のある人」

等が相手の場合は、あえてクローズ質問をすることで、相手に与える負担を少なくすることができます。
研修とか修業の場ではないのですから、わざわざオープン質問で利用者の思考をフル回転させ、考えをまとめさせて、それを発表させるような追い詰める行為をする必要はないのです。

◆例えば…

o0781078014081712887.png
自分に置き換えて考えてみて下さい。
あまり親しくもない人から
「あなたにとって人生とは何ですか?」
「あなたは一体どうなりたいんですか?」

というオープン質問をされた場合と
「あなたは自分の人生を楽しくしたいですか?」
「あなたは幸せになりたいですか?」

というクローズ質問をされた場合、どちらが答えやすいでしょうか?
そして、どちらの質問の方に負担や圧迫感を感じますか?
恐らくほとんどの人が、オープン質問は答えるのに時間が掛かる上に負担を感じ、クローズ質問の方が答えやすく、負担も少ないと感じることでしょう。
ですから、何でもかんでもいつ何時でも、誇らしげにオープン質問を利用者にぶつけている専門職はまだまだ未熟だと言えます。
そういう援助者の深層心理は「自分が相手よりも上位にいるという錯覚をしている」という闇が存在します。

◆まとめ

index111.jpg
「オープン質問」にも「クローズ質問」にもメリットとデメリットがあります。
どちらかが勝っていて、どちらかが劣っているということはありません。
まずはお互いの信頼関係を構築していくためにも、上手く距離感をはかりながら
「それぞれの質問を効果的に使っていくのが本当のプロ」
だと言えます。
自分の勝手な思い込みだけで知らぬ間に相手に不快感や負担を与えてしまわないように十分注意しましょう。

コメント

  1. デイちゃん より:

    こんにちは。
    私は、利用者さんがぼけ~っとしてるのが嫌で、利用者さんに「何かやりたいことはないですか?」「趣味は何ですか?」とか聞いてみるけど、「何もやりたいことはない。」「趣味などない。」という方がほとんどですね。
    で、とりあえず、絵手紙とか渡して「すいませんけど塗ってもらっていいですか?手指のリハビリになるので~」とか言って作業をしてもらっています。
    本人はやりたくないかもしれないけど。
    それが本当にいいことなのかもわからない。
    対話から相手の気持ちを引き出してそれに応えるのが対人援助だと思うけど、気持ちも引き出せてないし、応えられてもいない。
    でも若い人でも、「これがやりたい!」「これが楽しい!」「人生の目標はこれ!」とはっきりと言える人って少ないと思うんですよね。
    逆に利用者さんが、「あなた、休みの日は何してるの?」と聞いてくるけど、「え?え~と・・・何もしてないかも。ネット?」みたいなね。(笑)
    で、昔、「僕は何もすることがないんや~つまらんわ~どないしよ~」って言ってる利用者さんがいたから、「若い人もそうなんですよ。みんなすることなくて引きこもってる人が多いんですよ。だからすることないからって悩まなくてもいいんですよ。」って言ったら、その利用者さんは「自分だけじゃないんだ」って、ちょっとホッとした顔してた。
    自分の人生もわかんないのに、利用者さんに人生についてたずねてもさ~、意味がないよね。
    人生について質問してる人って、自分はわかってるつもりなんかな。だから上からになるのかな。「私は何でも知っている」って。(笑)
    そもそも、「生きることの意味」って、悟れたら、仏様じゃん。仏教では輪廻から解脱されるんですよね。(笑)
    援助と言うと、人によっては、私が助けてあげる的な上からな感じになっちゃうのかもしれないけど、「自分にできることは限られてるけど精いっぱい努めよう」という謙虚さを持ちたいですね。

  2. 山嵐 より:

    >デイちゃんさん
    こんばんは~
    コメントありがとうございます^^
    援助者としての謙虚さは大切ですね。
    オープン・クエッションで抽象的なビッグワードで質問する人って自分は出来る人間だと思い込んでいる人が多いように思います。
    あとは、「自分は相手から広く回答を求めた上でやっている」という責任転嫁と自己満足ですかね。
    「介護は寄り添うこと」だと言われますが、「さぁ、今から寄り添うぞ!」という意気込みが大切なんじゃなくて、普段の何気ない関わり合いが大切だと思います。

  3. めど立てたい人 より:

    これって言葉狩りの一種だと思うんです。オープン・クエスチョン?
    そのものズバリ、キラキラ連中の好きなものじゃないですか?そのくせ、自分は平然とクローズドをペラペラとしている。
    そもそも、その人らしさ(笑)なんて考えたら、今の老人なんてなおクローズ略の人生が色濃いはず。いや、濃すぎる。
    もはや、戦後老人が多数ですが、子供の頃から親に大人にクローズ略だし。大人になれば、会社に国にクローズ略。まさにそれが普通で、それこそその人らしさ=その人の人生。
    なのに、老いぼれて初めてオープン略?まったくの真逆。介護度の違いですが、認知症老人はっきり言ってオープン略をすると苦痛の表情をして、まともな返答なんかしません。(Y/Nではなく、1~10の中から選べみたいな選択ものでさえそんなありさま)
    そう言うと、カンケイセイガーと思うでしょうが、正直関係性なんて関係ないと思います。
    昔勤めた介護会社に、カルテ?上も職員から見ても認知症じゃない老人がいました。
    しかし、よくも悪くも認知症じゃないからこそ、自分・現状そして強制監禁である介護施設を理解できてしまっているんですよね。
    その限界とささやかなことさえ不可で、オープン略だが、選択肢なんてかなり限られている。その方は笑顔で返答はしてくれるけど、こっちだってそれが諦めだとわかりますよね?
    またしても長くなってしまいましたが、これも本音と建て前ですかね。そして、建て前は実行しない。
    オープン略=建て前
    クローズ略=本音

  4. 山嵐 より:

    >めど立てたい人さん
    おはようございます。
    コメントありがとうございます^^
    なるほど、本音と建て前ですか。
    本当に話したいことならクローズ質問でも流暢に返答してくれる場合もあるでしょうし、キラキラ系が放つ「オープン推し」みたいなのには辟易してしまいますね。