特養の七不思議その2「終わりがきているのに病院へ」

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「特養の七不思議」の2つ目になります。

1つ目の「食べられないのに食べなさい」については、下記記事で書きましたのでご参照下さい。

私のTwitter(ツイッター)アカウントの固定ツイートに「特養の七不思議」というものを置いています。 ...

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「終わり」とは何を指すのか

終わりとは「寿命」のことです。

つまり、命の灯が消えかかり「死」が目前に迫っている状態を「終わりがきている」と言っているわけです。

「寿命」とか「終わりがきている」ということは、高齢者の「老衰」を意味することが多いかと思います。

七不思議の1つ目の「食べられないのに食べなさい」にも関係してきますが

「口から物を食べられなくなったら老衰」=「終わりがきている」

と考えられます。

但し、現代医学の発展により老衰の寿命をある程度までなら延ばす(延命)ことができるようになりました。

「点滴」であったり、七不思議の3つ目にある「胃瘻(いろう)」だったりします。

その可否については今回の記事では触れませんが、そういう選択肢があることは事実です。

不本意な「寿命」

終わりとは寿命のことですが、中には事故や病気などで不本意な終わり方を迎える人もいらっしゃいます。

「事故や病気が無ければまだまだ生きることができた」

という点では「寿命」とは言い難いものがあるかもしれません。

しかし広義の意味で一般的用法では、年齢がまだまだ老衰とは言えない若い年齢の人ならば「短命」と言われ「それがその人の寿命だった」ということを言われたりします。

ですから、高齢者の場合は尚更「事故や病気で亡くなることも寿命」だと捉えるのが一般的なはずですが、介護現場では何故か特殊な扱いをされています。

もちろん介護現場での突発的な事故や病気は寿命とは言えないので医療機関へ繋げば良いのですが、異常なのは「転倒事故等が死因となった場合の責任問題」です。

「居室で勝手に転倒しても介護職員の責任」

「他利用者の介助中に転倒しても介護職員の責任」

「ケアが不十分だったから介護職員の責任」

という異常な世界です。

賠償問題になったり慰謝料を請求されたり、事件としてでっち上げられて刑事責任まで問われてしまうリスクがあります。

それ相応の対価や特殊な手当を貰っているわけではない介護職員は「ハイリスクローリターンな誰もが敬遠する異常な職種」となってしまっています。

高齢者や利用者の寿命の前に介護職員としての寿命が終わってしまうかもしれない職業の特徴を「やりがい」と呼んでいる人達はもっとよく考えて欲しいと思います。

歳を取れば足腰も弱ってきますし視界も狭くなったりします。

様々な要因で転倒は起こり得るものなのです。

いくら介護職員がプロだからと言っても、マンツーマンの付き添い介護ができるわけではないので、事故は必ず発生します。

つまり、利用者が転倒するのも、それによって終わりが来てしまうのも、「寿命」と捉える必要性を感じます。

時々、勘違いをしている人がいるのですが 「介護施設に預けたら完璧な介護をしてくれるはず」 「介護のプロなんだから...

誰かの都合で病院へ

ちょっと脱線してしまったので、話を戻そうと思います。

突発的な事故や病気はさて置き、慢性的な持病や老衰によって人生の終焉を迎えようとしている利用者を心穏やかに最期を看取る場所が「特養」です。

「終(つい)の棲家(すみか)」と言われているわけですから、特養は家庭の延長線上にある介護施設になります。

老衰で寿命が終わろうとしている利用者を「病院ではなく」慣れ親しんだ施設で、家族やスタッフなどに見送られて最期の時を迎えるのです。

もちろん、延命治療という選択肢もありますが、「利用者本人にとって何が一番良いのか」ということを慎重に検討し決定していく必要があります。

しかし、老衰だったり認知症により、意思表示や自己決定ができない利用者が多いので、「他の誰かの都合で病院受診させたり入院させたりすることがある」というのが、今回の七不思議になります。

誰の都合なのか?

基本的に老衰の場合、病院は積極的な治療をしたり特別な処置をしてくれません。

「人間は老衰し命の終焉を迎えるのが自然な姿」だからです。

但し、「家族が」延命治療を希望した場合は別です。

「自然の摂理に逆らってでも、親の寿命を延ばしたい」という希望があれば、本人の意思を無視して延命治療が行われるという摩訶不思議な状態になっています。

「唯一無二の親だから」という気持ちもわかりますし、家庭の都合もあるでしょうが、本人の意思が不明な以上、摩訶不思議と言えます。

大部分が「家族の都合」なのです。

ごく稀に「施設の都合」があります。

「看取り同意書等の書類の不備や家族の意思を確認できていない場合」

「ワンオペ夜勤などで看取りケアの対応ができる職員がいない場合」

などです。

看取り同意書やケアプランなどに不備がありターミナル期ではないという書類上の状態で、利用者が施設で「死」を迎えた場合、「急死」とか「変死」の扱いになります。

急死や変死の場合は、警察が介入してきます(人の命が消えたのですから当然と言えば当然ですが)。

職員は事情聴取を受けることになり、その心労や煩わしさや他の業務や利用者への支障は計り知れません。

そういった「支障」を避けるために、救急搬送などで病院へ送り、施設で利用者の終焉を迎えさせないような対応をします。

施設側の自己防衛ですが、書類の不備や家族との連携不足、人員不足が故の職員の能力や資質不足によって利用者の命を弄ぶことになります。

家族都合だけでなく、施設都合で寿命を迎えた利用者を病院へ送り込むこともあるのです。

まとめ

特養の七不思議の2つ目「終わりがきているのに病院へ」について解説しましたが、いかがだったでしょうか。

「老衰を経て人生の終焉を迎える」というのは自然の摂理です。

それを家族や施設の都合で延命治療をすることは、七不思議のひとつと言えます。

最近では、特養だけでなく他の介護施設(老健や有料老人ホームなど)でも看取り介護(ターミナルケア)を実施している所が増えてきています。

本人の生前の意思表示(リビングウィル)があり、本人の意思通りの対応であれば七不思議と言われることも無くなってくるでしょうが、現状ではリビングウィルはまだまだ正常に機能しているとは言えません。

延命治療するにしてもしないにしても、誰でも平穏な最期を迎えたいと思うことでしょう。

リビングウィルがもっと有効活用できるようなシステムが出来れば良いと思います。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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コメント

  1. とも より:

    こんばんは
    私は積極的治療を推進する気はありませんが、本人だけでなく家族の意思も尊重してあげてほしいなと思ってます。うちの特養だけかもしれませんが、すぐ「看取り、看取り」言ったり、家族の意思に対して「本人がかわいそう」と裏で言ったりします。
    特養の職員、看護師も偉そうに見取りを語るのはおかしいと思ってます。

    自分はどう生きたいかだけでなく、どう締め括りたいかも利用者に問うていく必要がありますね。不謹慎ではなく真面目にその方の生き方を大切にするために。

    • 山嵐 より:

      >ともさん

      こんにちは~
      コメントありがとうございます^^

      本人が意思決定を出来ない状況だと最終的に家族が判断し決定を下す必要があります。
      その判断材料として各専門職が助言や支援をする形が現状なので、偉そうに看取りを語る必要はありませんね。

      生きざまが死にざまに帰結するわけですから、総合的・複合的に考えていく必要がありますね。

  2. めど立てたい人 より:

    私は家族の意思は不要だと思います。

    とは言え、私の勤めるブラック=違法介護会社はある意味無断で延命してます。だからたまに家族が驚きますね。

    記事にある「施設の意思」が優先されています。まあ、会社の言い分は想像できるし、言い分通り公的に従えば「延命ではない」のでしょう。

    昔勤めた特養は病院と言えば、確定的な死でした。数ヶ月もなく。でも、基本病院送りせず、点滴などもせずに看取る。

    家族の意思はやはり無視すべきかな。難しいけど。よくも悪くも金がかかることですから。 

    金があって、施設にぶち込んで、世間体や自己満足で生かしているならともかく。

    面倒を見れば収入断絶で共倒れ、預けることがでれば厳しいがまだ収入がある家庭も珍しくもないし。

    本人の年金で、と言う意見もあるでしょうが、現状でも年金はまちまちで、結局高い税金を納めた人に高い年金を支払いますからね。(ソースはない)

    • 山嵐 より:

      >めど立てたい人さん

      こんにちは~
      コメントありがとうございます^^

      本人が意思決定をできない場合は家族の判断が必要になってきますね。
      家族の意思を無視した場合、誰の意思を以て判断し誰が責任を持つのか、ということを明確にしておかないとなかなか難しいかもしれませんね。
      「施設の意思」であったとしても、キーパーソンを無視した判断はできないはずなのに、「延命」であれば可能なのでしょうね(生きることは良いことで、死ぬことは良くないこと、という捉え方をするのがジャパニーズスタンダードなので)。

      年金は色々闇深いですね…。

  3. MASK より:

    今となっては医師が施設に来て死亡確認してくれるようになりましたが、
    以前はそういう体制ではなかったので、
    どんな時でも救急要請してましたねぇ・・。
    提携病院なのに断れる事多々あり。。

    延命しないのに何で救急要請するんですか?って救急隊に強く言われた事もありましたTT

    何かあった時に頼れる看護師が居れば気持ちは楽なのになぁ・・。

    • 山嵐 より:

      >MASKさん

      おはようございます。
      コメントありがとうございます^^

      医師の死亡確認は必須ですからね~。
      その体制が取れない場合は看取りが困難になりますよね。

      看護師も含め「医療との連携」は欠かせませんね。